3

 

 

時差ぼけにやられている。

 

今はこれに尽きる。

 

帰りの便こそがらがらで全員が3〜4つの座席を悠々と使っているような環境で

前半たっぷり寝て、後半6時間は起きるという作戦を実行できたのだけれど

なんせ翌日も眠い眠い、そして日記を書くことを諦めた火曜日、

翌水曜も途轍もない眠気に襲われ、

帰りの電車は寝過ごしぎりぎり、

食後にソファでそのまま爆睡、風呂の中でも頭ぐらんぐらん。

 

眠い、けど

 

昨日までの大切な経験はどれも書き残しておきたいから。

今日は一踏ん張り、日記を書きたい!!!

(書くぞ、書かなきゃ、と言ういつもの癖を

書きたい!の希望のまま書いてみた。学習しているぞ、わたし。)

 

 

イギリスでの10日間は幸せ以外の何ものでもなかった。

 

幸いトラブルもなく

風邪もひかず怪我もせず

不安のあったエアビも快適で

毎日のプランが計画通りに順調に進んでいった。

 

滞りなくという言葉が似合いすぎる完璧な旅だった。

完璧である必要はないと思っていたけど

振り返るとその感想は完璧だったのだ。

 

こじとジェイとバイバイして、ロンドンに到着した時に

その町の喧騒と地下鉄内の空気の悪さに一瞬心が折れて

リンカンに帰っちゃおうか、一度本気で迷った。

その日は、エア日にチェックイン後、美術館やデパートに行こうか考えていたけど

無理はせず、スーパーでダラダラと食べ物を選んで

部屋に引きこもって過ごした。

今までの自分の旅行では選べなかったような過ごし方だった。

ここでのひとときがきっと大正解、体力を持ち直した。

 

翌日はロンドンの中心へ

何度見ていても、それでもビッグベンを間近で見たくなる。

ウェストミンスターからビッグベンへ歩き、ビクトリア近くのティールームに寄る。

その後カムデンパッセージのマーケットを散策、

waterstonesや小さな本屋さんを発見し物色しながら

イズリントンの菜穂さんの勤務する店に向かった。

お店に行った後、この後もまたエアびに戻って一休み、こういうことが少し上手になったな。

ああその後に自然史博物館にVAもいったっけ

 

ナホさんとは半年以上ぶりの再会、、、

正直ナホさんがお店を離れてから、お店でのこと、自分のこと

大変だったと思うことがたくさんありすぎた。

半年間の出来事を話すのは容易ではなく

でもそれはナホさんも同じで

お互いがそれぞれの場所で頑張っている

複雑な思いも未来への希望も抱えながらね。

それがわかったこと、今までできなかった二人でゆっくり話すということができて

本当にいい時間になった。

 

木曜はブリックレーン方面。スピタルフィールズマーケットに行ったりも。

Young VAに訪れたのもまたいい経験になった。

子どもがのびのびと過ごせる国の代表的な美術館があること。

その事実自体がそもそも羨ましいし(日本にある?知らないだけ?

親子で手や体を動かしながら体感、体験できる広いスペース。

見るだけ、ただのゲームのような設備だけ、

そういうので終わらない、子どもの発想をどんどん広げてくれるような

環境だったと思う。

 

夜の時間にもつながるのだけれど、日本の神話〜漫画展にも行ってみた。

イギリスにいながら、日本のものを見る、学ぶ、再確認する

結構この作業が好きだったりする。

自分のアイデンティティを外側の角度から見つめることで

普段自分の中に当たり前として埋まってしまっているものを発掘できる感覚というか。

忘れていたくないな、日本人として誇りに思っていたいな

そんな文化に外で触れ合えることは、心をとても穏やかにしてくれた。

 

実はここにいた時、緊張マックス・体の冷えもマックス

ガクガク体が震える寸前だった。

 

美術館で取り急ぎ、スープセットとレモンジンジャーティで震えはおさまった。

 

なんの緊張かって?

エドワードだよ・・・。

 

気づけば、もう一生会うことないんだろうなという存在になっていた人。

リンカンにいるときに私のストーリーを見て

「イギリスきてるの?」

「うん、来週ロンドン行くよ。スコットランド住んでるんだっけ?」

「いや、今はロンドン住んでるんだよね、よかったらコーヒーでも行かない?」

的な内容のやり取りをして、自分でも大驚愕!!!!

なんせ普段、超かめレスだった人間。

しかもいつも私から誘ったり声かけたりしていたから

あちらがきっかけをつくってくれるのっておそらく初めてで。

夢のような不思議な出来事だった。

 

うん、あえなくてもいい、こうやってメッセージをくれたことに大きな意味がある。。

そんなふうに思っていたけど、思いのほか場所も時間もバッチリ合う時があって

この夕刻、会う約束をした。

 

会っていなかった数年間のはなし

特にお互いのパンデミックの期間の話だったり

エドはロンドンに引っ越したよだとか私は結婚なんてしちゃったよだったり

これぞ「エモい」という言葉を使うべき最も適したシチュエーションだった。

不思議に感じたのは

彼の言葉は本当に聞き取りやすいし

私も全然途切れることなく超fluentに会話ができたこと。

 

会う寸前まではバクバクの緊張だったけど

会った瞬間の自分の心の緩みがすごいもので

リラックスしていたんだよね・・・。

懐かしい人、心を開ける人。

そのおかげか、そして彼の言葉の選び方テンポもきっと相当気を遣ってくれていたのかな

と思うけど、10日間過ごした中で誰よりも話がしやすくって本当に気持ちが楽だった。

 

カフェの後は、ウォータールーの橋を歩いて渡って、ビッグベンを横目にした。

12年前の私も教えてあげたい。

いろんな気持ちで大変なことになっていたけど

なんていうか、結果的に報われたよ〜。報われる、以上の状況になってるよ〜って。

 

もう昔の恋愛感情はさっぱりない。

でも

人としての信頼の気持ち、尊敬の気持ちは全く変わらなくて

バイバイした直後に素直に「出会えてよかった」「大切な先輩、お兄さん的な存在で

やっぱりこの先も一生繋がって行けたらいいな」なんてことを思った。

こういう関係を誰かと築けた自分がすごく誇らしく思えた。

昔の自分、昔のエド、今のエド、あの時のオックスフォード。全てに感謝・・・。

 

 

そんな高まる気持ち、胸いっぱいの状態で

トトロを観にバービカンへ。

良席!!!

 

そしてオープニングから号泣する自分の謎さ!!!!

でも本当に、、、すごいいいオープニング

さっきまでの思い出胸が熱すぎて、涙がぼろぼろ。

 

スタート地点で号泣だったから、その後も少しでもお母さんが出てくるだけで

「おかあさあああああん」となって泣きまくる・・・。

小さい頃はあまり深く考えていなかったけれど

あの年で、お母さんが病気で入院して毎日のようにあえないって本当に切ないことだよね

大人になってその痛みがわかる今、

それをロンドンで見ている状況、この中で牛沼とか松郷とか

日本人の中でもきっと誰よりも地元に近いのは私なんだろうなと

その意識もあって、誇りと感動といろんな感情で心の中が湧き上がっていた。

 

一番幸せな気持ちになったのは前半の終わり方。

何あれ、可愛すぎるよ。。。

可愛いが1番の感情のはずなのにすごい涙を流している私。

あーあー絶対変なやつやん、と思っていたのに

隣の親子も並んで泣いているし、トイレでも泣いている人いるし

泣きそうだったんだけどマジやばい。。。みたいなギャルもいた。

地元も何も関係ないのかも。それがトトロの強みなのかも。

子どもの頃のだけに見える、というそれ。

子どもから大人になったことのある人はみんな、あれを見て心にグッとくるものがあるのか。。。

そんなことを考えたりもした。

 

あっという間の2時間45分。

ブラスの音も印象的だったし

何よりも良かったのが、まっくろくろすけの黒子さん。

ただススちゃんたちを動かしているだけじゃなくって

その動作に祈りの意味がこもっているのも感じられるような演出があって

それを見たときにまたグッと心にくるものがあって、涙が止められなかった。

やぎさんも、猫バスもトトロも、とにかく黒子の方の演技、演出への感動が凄まじい舞台だった。

 

カーテンコールの騒ぎ方もまた、海外ならではというか。。。

ああいう盛り上がりがあるからこそ、会場が一体になってここへきて良かったと思えるんだよね。

 

あと、私の特権

日本語部分(いただきます とか 語尾の ネッとか、一部歌詞なども)も

英語部分もどちらも心にスッと入ってくる、

これはあの舞台を楽しむために必須ではないことだけれど

でもプラスアルファになりすぎる要素だったなと思う。

 

自分の原点を確認できた日に、もっともっと原点へと探りを入れたような日になった。

あの日は、もしかしたらベストデイオブマイライフかも、それくらいに思ってしまうほど

幸せと感動に満ちた夜だった。

 

観劇後の、濡れた道もまた良かった。

 

 

 

12日はオックスフォードへ。

木曜に再確認した気持ちをさらにさらに深めることができた日。

長くなりすぎたしインスタにも記録を残したから軽めにするけど

オックスフォードの美しさは群を抜いている。

これに圧倒されて引き込まれていったんだなというリアルな感動を鮮やかに思い出した。

思い出したというか再体験した。

あのときオックスフォードを選んで本当によかった。

 

リトルワースにも行けた話も残しておかなきゃ。

オックスフォードの郊外にある村で

行こうかな〜やめようかな〜を前日までずっと悩んでいた。

何もない村だしバスも少ないから外で凍える思いをしたら嫌だし

トイレ行きたくなったらどうしようだし

そもそもバスのチケット、ロンドン以外どういうシステム?!?!?!

そういう不安、考え事が多いなら、行かなくていいっか!になっていたけれど

 

オックスフォードのハイストリートについた瞬間、

事前に調べていた、本数の少ないリトルワースの近くに行けるバスが後5分でくることを知った。

!!

これは行かなきゃ。

 

突如思い立つ。

 

よくわからないまま、とりあえず乗り込む。

 

こういう時の自分に時々やっぱり驚かされる。

 

でも

リトルワースに行ったのは大正解だった。

今後付き合っていきたい土地の名前であるし

その場所が、大きなナーサリー、プレスクールがあって小さな子どもと

その付き添いの親たちとで溢れた暖かい雰囲気の村だということを知れたから。

 

優しい雰囲気の町。

建物は古くから佇んで居たであろう歴史を感じるまち並み。

 

トイレに行きたくてやっぱりヒヤヒヤしたのは想像通り、

なんとか帰りの便のバスも捕まえて、無事にシティセンターに戻ってこられた。

(チケットは悩むことなく、コンタクトレスのクレジットでシングルパスを買えばいいだけだった。お悩み無用って感じ)

 

その夜は、胸いっぱいの気持ちのまま、ロンドンのフライデイナイトを楽しむ。

ナショナルギャラリーへ。

 

 

土曜

あっという間のフルで使える最後の1日。

ポートベロマーケットで目的のものを買い上げ

Daunt bookやGower streetのwaterstonesに行く。

 

そしてあっという間に!!オックスフォード時代の友達と再会!!6年ぶり。涙

恋愛の話をあんなふうにガヤガヤ話せる自分がいて少しびっくり!!

木曜の時間のおかげで、英語話す壁がぶっ壊れた感じ??

とっても楽しい夜だった。

 

日曜月曜

 

コロンビアロードのフラワーマーケット!雰囲気がさいこう!!!

何年越しかの望みかなって行けた店があったり

春らしい花をたくさん見かけたり

♪♪♪な1日だった。

 

パディントンで荷物を預けたのも正解で、最後までスムーズ

目一杯に楽しんで、空港にチェックインした。

 

ふう長かった!!!

 

いい旅。いい旅、いい時間。

 

時計も見ずに

誰にも何にも縛られずに

本当に心が癒された。

ときほどかれた

 

 

同時に過去のことを考えて

絶対あの時あんなに頑張らなくてよかったよね

と気づいたりもした。

 

頑張ってきた自分を認められた時間

ゆるむことをゆるせるようになった時間

 

そんな旅になったかな、と思う。

 

 

 

帰ればまさるが家にいてくれて、あたたかいよね。

足りないものなんてない。

全てに満ち溢れている、私の人生。

 

 

火曜日

数ヶ月、脳みその半分を占めてきた組織診の結果をようやく聞きに行く。

がんではなかった。

本当によかった。

 

結果を聞く少し前に

いつもの悪い癖で予防線を張るために

がんだと言われたらどういう心持ちでいようか、覚悟を決めたりもしていた

でもその少し後、いや絶対大丈夫だから!のメンタルでいられるような

レーニング的な感覚になる瞬間も過ごした。

 

絶対大丈夫!自分の思うように行く!!そんなふうに思えるように

レーニングを続けていきたいな。

 

そして大きい忙しい病院なのに先生はゆっくりと笑顔で

「希望が叶うといいですね」と声をかけてくれた。

本当に嬉しい言葉だった。

 

夕方は地元のクリニック。

いろんな検査をようやく終えて、こちらの卒業。

次は陽性になったらきてね^^で終診

 

旅行を素晴らしく終えられたことに重ねて

ふたつの病院を無事に卒業。

本当に嬉しくて嬉しくてありがたい気持ちでいっぱいになった。

 

ここまで負けずにやってきて本当によかった。

自分、頑張ったよ!!!!!えらいよ・・・・・!!!!

 

 

その夜はまさるがご褒美でおふろの王様に連れていってくれた。

最高以外の何でもない。この2週間。そして人生も丸ごと!

 

 

いろんな時が訪れてくる。

きっと辛いこともまた起こる。

でも、この幸せは絶対糧になるし

栄養として十分に補給されている。

 

この気持ちを忘れずに

温めておきながら

 

またいつもの日常を楽しく過ごしていけるように

感謝の気持ちを忘れずに前に進みたい。

 

 

 

ありがとう!全てのことにありがとう!!!!!!! 

2

 

 

一年のはじまりがこんなに穏やかで温かくて幸せなのは、もしかして初めてかもしれない。

 

思い返せば年末年始は失恋をしたり、忙しい思いをしたり、心がばたばたとしていることが多かった。

28歳の年始は記録に残すべきおだやかな生活をしていると思う。

(1/1.2は少し大変だったけれど…。)

 

1月4日に出発をしてチューリヒ経由でロンドンにやってきた。

スイスのエアラインはとても快適だった。

自分を思いっきり甘やかすための旅だから、課金をして足をたっぷり伸ばせる座席を選んだ。

通路側だから、誰にも何も気を遣う必要のないところ。

 

気のせいかもしれないけれど、スイスの人たちは穏やか、物静かで、においもきつくない(!)

しかも嬉しかったのは、機内のお手洗いにハーブミストみたいなものも置いてあって、お手洗いに行くたびに何度も使って心も体もリフレッシュできていた。

 

今はロシア上空を通らないから遠回りの航路のはずだけれど、今まで体験したロングフライトの中で1番快適だった。

頭が痛くならないことはこれまでなかった気がするけれど、

今回は体の不調もなく、不安感もなく、大袈裟なことを言わなくてもなんのストレスも感じずにフライトを終えられた。

気づけば着陸まで残り50分、なんてことになっていて、自分でも驚くほどのものだった。

(梨木さんの本、リトルマーメイド、宮沢賢治の映画、マイエレメントを途中まで…)

 

チューリヒの空港はとにかくクールだった。

デザインに無駄がなく、無機質で、でも寒い・冷たい感じのしないというか。

これまたありがたかったのはトイレがとにかくきれい。海外特有の香料くささ一切ゼロ。

物価は高いのは承知の上、この国は暮らしやすいんじゃないかと勝手に思ったり。

 

 

チューリヒからのロンドン便…

急にがやがやになった。

着陸のときには、イギリス人の中学生くらいの子どもたちがおおはしゃぎ。たいしたことのないランディングの揺れに「スイス人はワイルドだ!」みたいなことを言って騒いでいて、着陸時には大拍手。

着陸時の拍手は好きだけど、このときはなーんか違ったな…というかんじ。

ま、そんなのさておき、とにかく宿に行かせてくれよ、という気分だった。

 

今回は夜遅くに着く便だったので、

ヒースロー近くのホテルをとった。

これが正解だった。

タクシー乗って…なんてことも考えたけど、空港と直結したホテル。

部屋のクオリティの割に少し高かったのはわかっているけれど、

安全さ、

安心さ、無駄のなさ…

間違いのない選択だった。

(ただ、ホテルに行くための地下道が浸水で閉鎖されていて遠回りになったのはむかついた!!)

 

あぁここまでですでに長い旅行記。。

 

その日はすぐに寝て、朝はゆっくり起きて、機内で食べなかった米粉パンを食べる。

 

窓のない部屋だけど

気持ちよく目覚めて、ただの紅茶の美味しさにより目が覚めた!(ほんとに!やっぱり水の違いね。美味しかった…)

 

そこからキングスクロス、ニュワークへのたび。

なんだろう、この不思議な感覚。

 

今回5年ぶりの渡英でとても楽しみにしていたし、到着したら大興奮するんだろうなと思っていた。

 

でも、イギリスの街並みをみてもあれれ…

なんというか心が踊らない。

もちろん到着して嬉しいし楽しいんだけれども

 

なんというか、ここにいることがそんなに特別じゃないというか、なじんでいるというか。

あ、帰ってきたな〜というとても平らかな、穏やかな、そんな気持ちだった。

 

 

でも、広大なみどり、

のんびりしたひつじ、

さすがにその光景には心が躍って

やっと帰ってきたーーーの気持ちが湧いてきた。

 

 

ニュワークに到着後、すぐにこじとジェイと合流できた!ほっ!

ここまでくれば5日間は不安がないね…

 

 

2人との毎日はとってもpreciousでheartwarmingだった。

本当にさいこう!

 

5日 リンカンのまち、ティールーム

6日 鳥の餌やり近所の散歩、tealby ひつじのおか wolds

7日 アンドリューとエリザベス

8日 ヨーク!街中とアウトレット

9日 ナショナルトラストの公園 ニュワークのまち。ティールーム行けなかった。

 

チケットトゥライドとホースライディングのボードゲームの毎日

 

こじのおいしいごはん

ジェームズのプラムブレッドの紹介

みんなで焼いたオレンジケーキ

 

 

箇条書きでひとまずこんなもん。

 

 

 

1/17 追記

 

ここまで書いてそのままにしてしまっていた・・・

次の日記にイギリス総まとめしよう

 

2024年が始まった。

 

2018年から続けている週に一度書いているブログも7つ目に突入した。

 

2023年のことは2023年の日記に残してきたので、

早速やってきた第一火曜日は1月1日と1月2日の記録を残すことにする。

 

2024年が始まってまだ48時間も経っていないけれど、

ここまでですでに激動で濃密だ。

長い長い2日間だった。

 

23年の大晦日の夜、思うようにことが進まず、日を跨ぐ直前に奈良のホテルに到着した。

毎年巫女の仕事もあったし、自分の体力上、年越の時間帯に目を覚ましていることは稀だ。

今年は「ゆく年くる年」のテレビをつけて、静かに2024年の幕開けを迎えた。

 

31日までのプランだと、早起きして大神神社に行くという計画だったけれど、

晦日の予定がずれ込んでしまったので、それは不催行になった。

 

行き先を春日大社に変更して、集合時間は5時半と決めて眠りについた。

 

元旦、その時間に起きたものの、またも予定は変更で

早朝の出発は取りやめに。

朝ご飯を7時半から食べることに予定再変更。

 

結果的に、そこから15時30分までは出発をしなかった。

 

その間に、本当にいろいろと感じるものがあった。

 

いろんなことがうまく進まないのは覚悟していたし

わかっているつもりだった。

 

ただ、わたしはいつもちゃっちゃか計画通りに動きたいし

なにしろ元日。午前のうちにはお参りを済ませてすっきりとした気持ちになりたかったのが本心。

 

本当は大神さんの松明を見て、火の温度を感じ取りたかった。

暗闇の中で明るい火を見たかった。

パチパチの火の粉を上げる音を聞きたかった。

 

せめて初日の出前の春日大社で、朝陽を感じながら初詣をしたかった。

 

その計画が頭の中にあったわたしにとっては

受け入れ難い予定変更だった。

 

これが元日でなければ、もう少し辛抱できたかもしれない。

 

目処がたてば、全員揃わず出かけることもできたけれど

それさえもうまく進まないから、できることは

ホテルに篭るか、徒歩圏内で散策をするかの2択だった。

 

その間にどんどん時は進み、

彼の態度も如何なるものかと感じることもあり、

同時にわたし自身の小ささにも腹立たしさを覚えた。

 

30日からの疲れ、

というより年末からの疲れが募りに募って、感情大爆発。

新年早々、滅多にしない喧嘩というものをしてしまった。

喧嘩、というよりはわたしの一方的な説教のようなもの。

 

今年の始まりの日はとっても縁起の良い日で、

こんなふうに過ごしてはいけないなって一番わかっていたのに。

それが余計に悔しさを増大させた。

 

ここへきて、主人が初めてわたしの前で泣いた。

 

その時はすごくいやな気持ちで満たされてしまっていたけれど

結果的に、この時の感情のぶつけ合いは

意味のあるものになるし(そうしていきたい!)

お互い気がつくことも多くあった。

 

まだまだ時間は進まないし、動きもないし、

すでに限界を迎えたわたしは、散歩に行くことを提案した。

 

遠くまでは出かけられないから、限られた範囲だけど

ホテルに篭るよりはずっと良い時間を過ごせたはずだ。

 

今年の初詣は法華寺

お寺で過ごすことで、さっきまでの感情もすっかり鎮火され

平穏がいかに大事なことか、仏様のお顔を見ることで思い出すことができた。

 

お香の香りとともに

自分のルーツを思い出す。

 

2022年の日記にもいろいろと残したけれど

この年に、わたしは寺の孫だというアイデンティティを強く実感した。

 

大学や高校のホームステイ、小さい頃の英語の先生の影響でキリスト教も身近、

神社でのお仕事もかれこれ7、8年ほど続けて神道にとても共感していた2022年半ばまでのわたし。

 

でも、その後にいろんなことに気がついて

自分の中で開花する考え方、たどり着いた帰るべき場所、思想みたいなものを見つけたんだった。

 

どの宗教を信じてます、という信仰心はないものの

行き着く帰着点は、お寺の存在かもしれない。

そんなぼわっとした宗教感を持つ今のわたしには、2024年の年初め

感情的になった後にお寺に訪れたことに大きな意味を見出すことができた。

 

「慈」「光」こういう感じが目に入ってきて

その文字を見るだけでも、心が解きほぐされた。

この漢字を意味まで読み取れる日本人に生まれてよかった。

 

ここまででも長いなあ・・・。

 

その後には、夕方なんとか家族みんなで動き出すことができて

春日大社に参拝をした。

この辺りの細かいことはインスタグラムに日記を残している。

 

夜は、JWマリオットでお茶とディナーをいただく。

雰囲気も建築もクールでとても良い時間。

思い出深いトラブルも発生し、みんなで和やかな雰囲気になれた。よかった。

 

翌朝に家族みんなで春日大社にもう一度参拝した。

 

急に、今

眠気に襲われてもう細かいことが書けなくなってきている。

前半に詳細を書きすぎた。

 

 

年の最初に日記の最後にさっき気づいたことをひとつだけ。

 

わたしは「やりたいこと」を思いついたあと

すぐに「やらなきゃいけないこと」に変換して、リストに入れていることに気がついた。

 

具体的にいうと

4日からイギリスに行くから主人が楽に過ごせるように作り置きのおかずを作りたいなと思いついた瞬間に

「作らなきゃ」「献立考えなきゃ」「買い物行かなきゃ」「何時に作り始めなきゃ」

すぐにそんな思考のスイッチが入った。

最初の瞬間は確かに「したいな〜」だったのに。数秒で「しなきゃ」に無意識でチャンネル変更。

 

「しなきゃ」に追われていることに自覚はあったけど

実は「したい」ことだったのに気がついたのは初めてだった。

ここまで自分を追い詰めてきた大きなことに気がついた。

 

これに気がついた瞬間に

「作りおきのおかず作りたいな〜」に変換をした。

すると、わくわくして、重荷が軽くなった。

 

。。。

 

めちゃめちゃ大事なことに気がついたと思う、わたし。

これ、もしかして2023年まで苦しんでいた大半のことをゆるめてくれるかもしれない。

世紀の大発見!

 

「やらなきゃ」を「やりたい」に変換する

頭の中でこれをするだけで、もしかしたら今年はとっても楽しく、気楽に過ごせるかもしれない。

 

良いことにきがついた・・・いいヒントになりそうだ。

 

 

 

混雑の新大阪駅を抜けて、

安心の自宅に帰還した。

 

出来合いのお寿司と簡単に用意した汁物で

お気楽ひとり正月。

 

もうすでに今年をひと月くらい過ごした感覚でいる。

 

でもまだ2日も終わっていないところだ、

 

なんだか得をしている気がする。

 

今年は色々なことに気がつけそうだし、

気づくだけじゃなく、実践していけそうな気がする。

 

 

しょっぱな長い日記になってしまったけれど

昨日と今日の気づきが、一生の中でもとても大事なものになってきそうな気がする。

 

 

 

 

地球をお借りして、生かされている

spread loveという使命を自分なりにどう果たしていけるか。

謙虚、感謝を忘れず

 

龍の神様の激しい動きを感じ取りつつ

自分にはどんな祈りができるのか。どんな行動ができるのか。

 

 

きっと激動の年。

 

地震に、飛行機の炎上。

人のできることって限られている。

 

それでも、どうにか平和に、穏やかに

過ごしていけますように、

 

みんなで気づいて、築いていけますように。

 

心静かに穏やかに、でも時にダイナミックに!

 

 

 

 

今年もよろしくお願いします。

 

 

(新春スピリチュアルスペシャルみたいな日記になってしまった。)